目の前のコ-ヒ-カップ。
暮れてゆく空はラベンダ-色から濃い青へと変わっていく。わたしは昨夜の電話を思い出しながらカバンの外側のポケットに入れてある携帯電話を見つめる。自分から別れを切り出したのに、別れを告げられたような気持ちになっているのはなぜだろう。白いカップに赤い水彩で描いたようなチュ-リップの絵。わたしはコ-ヒ-を飲む。携帯電話が鳴る。優しい声。今、会いたい人からの電話。会いたい。けれど会えない。ジャズ。いい曲だね。どこにいるの?喫茶店よ。わたしは電話を終えた後、しばらく小さな白い携帯を持ったままでいる。彼の声の余韻をリフレインするために。二人でいるなら黙っていてもいい。ただ一緒にいるだけでいいのに。別れを告げたあの人にはもう電話をかけたくもないし、かかってきても出たくはない。でも今会いたいこの人の声はいつだって聞きたい。身勝手な自分は沈黙の中にいなければならない今日。
空はすっかり濃い藍色になっていった。
April 2001