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prologue

 

 

昔、よくここで車を止めて泣いた。

部屋に携帯電話を忘れてきたので国道沿いの電話ボックスの前の車を停めるスペースほどある路上に車を停め、雨の外に出た。

雨の夜。どしゃぶりだ。わたしは既に濡れていた。ベージュのコートに水滴が残っており、それが蓋を開けたコーヒーの中に入った。雨の入ったコーヒーを飲み、コーヒーを電話の上に置いた。

電話ボックスにコーヒーの匂いがたちこめた。

 

海が見えるこの道が好きだ。電話ボックスに雨は降りつけ容赦なく風も打ちつけわたしも電話ボックスの一部になっている。まるで。まるでわたしも雨の一部だ。コーヒーをもう一杯口に含んだ。

どうしてわたしはここにいるんだろうか。どしゃぶりの雨の晩にわざわざ部屋を出て何を伝えようとしているのだろう。思い悩むことに疲れ果てここにいるというのに。迷う気持ちがまだあった。

電話ボックスの横にある棕櫚のような木がわさわさ音を立てている。

時折車が走っていく。ライトがフラッシュライトのようにボックスを照らしている。

 

 

目の前の闇の海。ぽつんぽつんと光る車のライト。電話ボックスの水滴。雨。それらをしばらく眺めながらコーヒーを飲んだ。

もう一度コーヒーを電話機の上に置き、大きく息をした。

コートのポケットにさっき適当に入れたコインを取り出して受話器を上げ、ダイアルを廻した。

 

  

電話を切り、コーヒーを再び飲みながら電話ボックスを出た。車には入らず、棕櫚の木の下で雨に打たれ風に吹かれるままでいた。

ずぶ濡れになりながら海を見た。海には何か語るものがあるかもしれない。雨の降ってくる空を見上げた。海の向こうの島だろうか。灯台が見える。消えては灯り消えては灯るため息のように。

自然。

 

自然にまかせて始まり、終わるものもある。

 

ずぶ濡れのわたしはようやく車の中に入り残ったコーヒーを飲んだ。コーヒーはまだ温かだった。コーヒーの冷める間に別れを言うことだってできるんだわ。少し笑ってわたしはコーヒーを飲み干し、車のエンジンをかけた。

終わりは何かの始まりでもあるはずだ。

少し遠回りして海を見ながら、家に帰った。

 

 

 

 

 

 March 4    2009  

  

 

 

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